【愛憎】失われたイスラエル十支族は神武天皇の前にいた!

弥生人は失われたイスラエル十支族なのか

明らかに違う縄文と弥生。

そして、そこかしこに見られる弥生系文化と古代ユダヤ文化の共通性。

聖徳太子時代の秦氏がユダヤ系渡来人だったことは明らかなことで、古事記にもその色が見受けられる訳ですが、秦氏が初めの渡来人ではありません。

稲作を伝来させたとされる弥生人もユダヤ系民族だったのではないか。

それも時代的に見て、いわゆる失われたイスラエル十支族だったのではないか。

その辺りがはっきりする記述に出会いました。

 

神武天皇はユダヤ系民族だった?

弥生時代は紀元前5世紀頃(10世紀とも言われる)からですが、古事記によると

カムヤマトイワレビコ(天皇家初代天皇:神武天皇)が東征を行ったのが紀元前7世紀。

そこで、神武天皇は弥生系渡来人でイスラエル十支族だったのではないか、という推察が起きるわけですが、神武天皇よりさらに前に日本に来た氏族がいるというのです。

それがニギハヤヒの一族。

ニギハヤヒ一族は神武天皇に服従し、縄文系原住民を抑え込む側につき物部氏と名乗る訳ですが、

ニギハヤヒの一族こそウェーブのかかった金髪に近い茶褐色の髪の西洋人・ユダヤ民族だった、というのです。

 

それは愛のある、癒しの本に書かれた事柄

その記載のあった『ニシキトベの復活/佐藤シューちひろ』は不思議な本。

縄文の歴史が書かれています、でも歴史書ではありません。

言うならば、全て直感で書かれているもの・・・。

縄文の当時、熊野の巫女ニシキトベをめぐる出来事を感じられるままに書かれています。

学術的には認められることはないかもしれません。

でも、心が伝わってくる、心が納得する、全てがすーっと腑に落ちるのです。

癒し・ヒーリング効果もあると思うので、ぜひ皆さんに読んで頂きたいです。

 

いつか正論にしたいですね

ある歴史学者の方とお話しする機会がありました。

一つの説に対して、少なくとも5つの別の証拠が必要だ、ということです。

もちろんそのような作業をする方々がいるからこそ、歴史がより真実に近づくわけですが、

幕末の証拠ですら見つけることが困難な現状で、しかも歴史書は勝利者側の偏向・ねつ造に満ちていますので、文字通りに捉えることはできません。

ニギハヤヒの一族が神武天皇より前にやってきたユダヤ系民族である、、

いつかそれが歴史の表舞台に出てくる時がくるのでしょうか。

 

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