【映画脚本】日本を開国させた男/日米和親・修好通商条約締結物語④

日本を開国させた男/日米和親・修好通商条約締結物語④

横浜開港

○横浜湾・アメリカ艦船上
T『安政6年(1859年)6月2日』
進む米国船、横浜沖に入っていく。
整備された港が現れる。
ハリス「おお」
驚くハリスと隣の副領事のドール。
ハリス「こ、これは」
ドール「何を驚いているのです」
ハリス「ド、ドール君、わずか3か月前には何もなかったのだ、この横浜とは何もない寒村だったのだ…。夢か幻か。いったいどんな魔法を使ったというのか…」
ドール「オリエンタルマジック、東洋の神秘というやつですか」
横浜港を見つめる二人。

○同・波止場
波止場に就いた船から降りてくるマフィア風スーツ姿のケズウィック(30)と用心棒風の巨体・ハーバー(41)。
ケズウィック「ここが横浜か。どこの船だ、我々よりも早くここに到着している商船がいる」
ハーバー「どうやら我々は開港第3着らしいですぜ。第1着はオーガスチン・ハード商会だとか」
ケズウィック「オーガスチン・ハード商会?ああ、なんといったかな、姑息な貴金属商のアメ公だったな」
ハーバー「ドールです。なんでもあの野郎、アメリカ領事から副領事に任命されたという話ですぜ」
税関の建物に向かって歩く二人。
ケズウィック「胡散臭いな、なんだ。換金か」
ハーバー「のようです。なんでもこの国は金と銀の換金比率が異様に接近しているらしく、ハリスはこの前も上海で大量の金と銀を交換しています。ドールを副領事にしたのはおそらくその為かと」
ケズウィック「けっ、しみったれた男だな、ハリスという奴も。地位を利用しての小金稼ぎか」
税関の横まで来る二人。
日本人の役人二名が迎える。
ハーバー「日本の役人か。我々は世界を支配する大英帝国のジャーディンマセソン社である。ここが外国人居留地か」
役人A「いかにも」
ハーバー「そうか、ではこの居留地を全て我々が買い受ける」
膨大に広がる空き地の居留地。
役人A「そ、そんな事は…、できるはずがなかろう」
ハーバー「できない?我々にはできない事などない。インドやチャイナの状況を知らんのか。こんな小さな島国の一地区くらいどうにでもなる。それが東洋最大最強企業ジャーディンマセソンだ、よく覚えておけ」
役人A「…」
恫喝するハーバーをよそに冷静に品定めするケズウィック。

○同・中居屋・外観
豪華な造りの三階建て建物。
走って入っていく重兵衛。

○同・同・居間
重兵衛が部屋に入ると、忠優、剛介、重右衛門が椅子に座っている。
重兵衛「と、殿。よくぞ横浜まで」
忠優「いても立ってもいられずにな。面倒をかける、重兵衛」
重兵衛「面倒などとそんな。私にとってこれ以上の名誉はございません」
忠優「で、どうだ」
重兵衛「そ、それが…」
忠優「売れなかったか」
重兵衛「い、いえ逆です。生糸は売れます。売れるどころか足りませぬ」
剛介「と、殿」
忠優「そ、そうか」
ふーっと肩の荷を下ろし深く座る忠優。
重兵衛「実はこれから英二番と商談で」
忠優、身を乗り出し
忠優「そうか。重兵衛、我も同席できまいか」
重兵衛、驚いて
重兵衛「ええ、と、殿がですか…」
怪訝な反応の重兵衛。
忠優「だめか?」
重兵衛「いえ、異人は無礼千万なのでその、殿がお怒りになられるのは必定かなと…」
興味深く目を輝かせている忠優。

○同・同・商談室
忠優、剛介、重兵衛、重右衛門と西洋人、東洋人波松(35)が対座している。
机の上には生糸のサンプル。
生糸を取り波松に英語を話す西洋人。
波松「で、これを買ってほしい訳か」
重兵衛「そうです」
波松「では買おう。すぐに欲しい」
おお、となる忠優ら。
重兵衛「あ、ありがとうございます。すぐでございますか。それでは店に五百斤ばかりございますので準備して」
波松「五百?何を寝ぼけたことを言っている、子供の買い物ではないぞ」
重兵衛「はい、それでは地元に取り次ぎまして急ぎさらに七百を取りそろえまして」
波松、胸元から短銃を取り出し、庭に向けて発射する。
忠優「!」
バーンと轟音の後、静まり返る場。
剛介は刀に手をかける。
波松「何を言っている。我々は世界を股にかけるデント商会。狭い日本だけでやっている訳ではない。10万斤用意せよ」
重兵衛「え、いくらでございますか」
波松「10万だ、10万」
『10万…』と忠優も驚いている。
緊張が張りつめている。
重右衛門「あの、先程から通辞の貴方だけで話してますが、主人に聞かなくていいのですか」
波松「主人?ああ、彼か。彼は助手、責任者は私だ」
驚く忠優ら日本側一同。
重兵衛「え、もしかして貴方…、日本の人?」
波松「…、そうだ」
一瞬時が止まったかの沈黙の後
剛介「き、きさま、日本人なら平伏せんか」
冷たい目で剛介をにらむ波松。
波松「なぜそんな事しなければならぬのです」
剛介「貴様は日本人だろうが。漁民だろうが。こちらの方をどなたと心得る。先の老中・松平伊賀守様なるぞ」
忠優、きょとんとしている。
波松、驚きの表情を見せるも
波松「ろ…、私は日本人ではありません。ですので平伏はしません」
剛介「なんだと」
波松「日本人だったらなぜあの時助けてくれなかったのですか。私は遭難して一命を取り留め、命からがら戻ってきたのです。それを砲撃されたのですぞ、帰りたかったのに帰らせてくれなかったのですぞ」
一同「…」
波松「私は日本に裏切られたのです。日本に捨てられたのです。そんな国の為に働くとお思いですか。ふふふ」
忠優、席を立ち上がる。
波松に近づく忠優に注目する一同。
近づく忠優に波松、思わず立ち上がる。
銃を握る手がブルブルと震える。
剣の射程内に入る手前、忠優に銃を向ける波松。
剛介「と、殿」
立ち止まる忠優。
対峙する波松と忠優。
忠優「帰ってこないか…」
驚き、目をぱちくりする波松。
波松「え?」
忠優「波松といったな、今は昔と違う。もはやモリソン号当時の異国船打払いの時代ではない。帰っても罰せられることはない。日本に帰ってこい」
唖然とする波松。
忠優「お主のような力がこの国には必要だ。これから広くこの国は交易をしていかなくてはならないのだ」
唖然としていた波松。
ぶわーっと涙があふれ出し、崩れ落ちしゃがみ込む。
忠優、波松の目線で背中に手をかける。
忠優「お主も大変だったな」
波松、うわーっと号泣。
重兵衛と剛介も思わずもらい泣き。

○江戸城・外観

○同・謁見の間
直弼と長野が主のいない玉座を前に話している。
長野「8月27日には御老公永蟄居、家老安島帯刀切腹をはじめ、各処分を行います」
直弼「うむ」
長野「それと…、横浜で巨額な取引が成立したようです」
直弼「む、物はなんだ」
長野「それが…、生糸らしく」
直弼「生糸だと…」
手がぴくっとなる直弼。
長野「さらに驚くべきはその取引量です。7月22日に二千五百八十斤、23日には七千斤にも上っているとの事…」
直弼「取引をしたその店はなんという?」
長野「中居屋です。三井によると横浜の取引の6割をこの中居屋が担っているとか」
直弼「その店を洗え。なぜそんな事ができるか調べよ。伊勢屋にもよく研究させろ」
長野「は」
直弼「あの者はどうしている」
長野「申し訳ございません。江戸中に隠密を放っておりますが未だに消息はつかめず…」
上の間に人が入ってくる。
平伏する直弼と長野。
顔を上げる直弼。
直弼「ご機嫌うるわしゅう。上様」
上座に座る徳川家茂(12)。

○横浜・中居屋・外観(夜)
隠密が見張っている。
忠優の声「やはり毒か」

○同・同・応接間(夜)
忠優、石河、本郷に忍びが報告。
忍び「その毒は沢手米、すなわち水に濡れ損じた年貢米、それも海水に濡れた米から生えるカビから作られたとの事。脚気と同じ症状になるとか」
石河「確かに奥医師どもは全員脚気だと見立てていた。ただ戸塚・伊藤・青木は治癒すると見立てたのに対し、脚気専門の遠山のみが一両日中の命だと…」
本郷「普通の脚気でも慢性化して心の臓に患いを起こす場合は確かにある。だが、急激に悪化し死亡するのはまれだ」
忍び「はい。この毒の衝心脚気は、麻痺を起こして三日くらいの苦悶のうちに死んでしまうとの事…」
静まり返る一同。
本郷「上様がいなくなる事で最も利益を得る者。今利益を得ている者。それは…」
石河、思わず立ち上がり
石河「掃部守に決まっておるわ。そもそもあやつは藩主になった経緯さえ怪しい。元々14男であるあやつが藩主になれるはずがない。前藩主・井伊直亮様も世子様も不審死しておるではないか。あやつの手なのだ。そうやってのし上がってきた輩なのだ」
怒りに震える石河。
落ち着いている忠優、太刀を見ている。
忠優「明日、出立する」

○同・同・塀外(夜)
話を聞いていた忍び、暗闇に消える。

○同・同・応接間(夜)
忠優らに対し、重兵衛が慌てて
重兵衛「ま、まだ危険です。蟄居中の殿はたとえ襲われても公にする事はできません。しかも家督相続もされてないので万が一亡くなられたらお家取り潰しに…」
心配げに忠優を見つめる重兵衛。
忠優「天が決める…」
重兵衛「…」
忠優「掃部守を大老にしたのは我。それが巡り巡って自分が討たれるとあらば、それは甘んじて受けねばならぬものだろう」
阿部の太刀を眺める忠優。
重兵衛「で、ですが」
剛介、ジャキっと太刀を上げ
剛介「我らは武士ぞ。襲撃を恐れて何とする」
重兵衛「…」
忠優「ここに来てよかった。こうして生糸の商いが成立するのを見届けることができたのだ。日米和親・修好通商両条約締結の責任者としてこんなに嬉しいことはない」
重兵衛「…」
忠優「交易は世界の通道なり。皇国の前途は交易により隆興を図るべきなり。世論轟々たるも、聞くべき通道必ず開けん。汝らもその方法を講ずべし」
重兵衛「は…、はい」
忠優「礼を言う、重兵衛、いや撰之助」
重兵衛、涙を流しながら平伏する。
月明かりに浮かび上がる異国船団。

○街道
杉林を歩く忠優、剛介ら一行。
一行の前から15人程度の武士。
後ろからも同様の武士達が迫ってくる。
ジャキっと大剣を抜く剛介。
剛介「殿…。八木剛介、この日の為に生きて参りました。いざ出陣いたす」
ゆっくり敵に向かっていく。
対峙した後、斬り合いが始まる。
T『安政6年8月27日、徳川斉昭、国許永蟄居』
T『同日、岩瀬忠震、禄没収の上差控』
快晴の空を仰ぎ、抜刀する忠優。
忠優「ふふふ。死ぬにはいい日だ」
精悍な顔。
T『同年9月5日、松平伊賀守忠優(忠固)、隠居届。12日病死』

○太平洋
荒波の中進むポーハタン号と咸臨丸。
T『同年2月井上清直、外国奉行罷免。同年11月中居屋、営業停止処分。同年12月石河政平、切腹』
T『日米修好通商条約締結時に設定した20%の一般関税は、7年後の慶応2年インド・清国と同じ一律5%に改定され不平等条約と言われるようになる』

○岩瀬邸・縁側
監視付で幽閉されている岩瀬。
さみしそうに空を見ている。
忠優の声「アメリカに行くだと!?」

○(回想)御殿山
桜の咲く御殿山から英国軍艦やお台場の砲台が見える。
岩瀬が忠優に報告している。
岩瀬「はい。日米修好通商条約の批准書を交換する為にワシントンに行き、アメリカ国プレジデント、大統領と謁見します」
忠優、むむっとなり、しばし考えた後
忠優「だめだ」
岩瀬「え?」
忠優「大統領とは我が会う。お主は副使じゃ」
にやりと笑う忠優。

○アメリカ・サンフランシスコ
港に停泊するポーハタン号と咸臨丸。
紙吹雪のなか大歓迎される勝海舟や福沢諭吉ら幕府一行。

 

【完】

 

原稿用紙20×20 117枚

【画像】日米修好通商条約批准使節ブロードウェイパレード 百聞は一旅に如かず

 

 

 

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