日本を開国させた男/日米和親・修好通商条約締結物語 ①
日米和親条約締結
○日本列島
日の出が列島を照らしている。
○江戸湾(朝)
燦々と列島に照りそそぐ朝日。
キラキラと反射する水面。
緑の稜線と美しい海岸線が広がる湾。
湾内を進んでいくと、海上にちらほらと現れる和船。
さらに進むと数えきれない和船の大群。
巨大な千石船も見える。
○久里浜沖
久里浜の岬を抜けると、千石船の20倍もある黒船が出現する。
黒船が4隻、停泊している。
和船に取り囲まれるように周囲を埋め尽くされている黒船艦隊。
○軍艦サスケハンナ・甲板
水兵達が大砲など所定の位置に就き、戦闘配備している。
静けさの中こだまする2発の発砲音。
2本の煙が上がっているのが見える。
○同・艦橋
副官が後ろを振り向く。
副官「アドミラル・ペリー」
パイプを持つマシュー・ペリー(59)、窓ごしに煙を見る。
ペリー「狼煙…か」
○同・甲板
ガシャン、ガシャンと金属音。
次々と鎖が投げ入れられ、そのうちの幾つかが手すりに引っかかり始める。
停泊した艦隊に群がる和船。
投げ入れた鎖を次々と登り始める忍者。
鎖を外したり、サーベル、ピストルを見せつけてけん制する水兵達。
○同・艦橋
副官がペリーに指示を仰ぐ。
副官「このままでは侵入を許します、発砲許可を」
ペリー「だめだ、発砲はするな」
副官「ですが」
煙幕と共に忍者数人が甲板に上がる。
水兵達が一斉にライフルを構える。
副官「アドミラル!」
パンパンという発砲音。
ペリー・副官「!!」
音と共に煙幕の中に消えていく忍者達。
ペリー・副官「…」
仏語の横断幕を掲げた和船が近づいてくるのが見える。
○江戸城・外観
巨大で荘厳な江戸城の城壁。
○同・老中部屋・内
書物がうずたかく積まれている。
『外国事情書』『坤輿図識』等の書物、『ネーデルランセマガセイン』『ゼオガラヒー』等の横文字書、世界地図も見える。
阿部伊勢守正弘(33)、牧野忠雅(54)、松平乗全(58)が報告を受けている。
乗全「観音崎‐富津岬間の打ち沈め線外で食い止めたか」
牧野「4隻のうち2隻は黒煙を吐いておると…、蒸気船というやつですな、阿部殿」
阿部「パタヴィアの別段風説書、オランダ商館長クルシウスの申した通りとなったな。乗全殿、伊賀守殿は?」
乗全「伊賀殿?。知りませぬ」
牧野「この一大事にどこに…」
○崖の上
三頭の馬が艦隊を見下ろしている。
馬上の松平伊賀守忠優(39)、井戸覚弘(47)、石河政平(49)。
井戸「で、でかい…、我が国最大の千石船の20倍はあるぞ。拙者が長崎奉行時代に相手したプレブル号と比べても5倍はある…」
石河「船の中で火を燃やして外輪を回している…。本当におっしゃる通りでしたな、伊賀守様」
二人、振り向いて忠優の顔を見る。
全貌が現れる忠優の顔。
忠優「蒸気船は初めてか、井戸」
井戸「長崎でも噂に聞くだけで。まさかこれ程とは」
忠優「本当に実在したな、石河」
石河「はい。勘定奉行としてはあれを作る異国の財力に恐れを感じずにはおれません」
忠優「旗印はエゲレスでなくアメリカ国…。そしてやはり発砲せぬ…。ふふふ、天は我らに味方せり。行くぞ」
馬を走らせ始める忠優。
すかさず後を追う井戸と石河。
その先に浮かぶ黒船。
T『日本を開国させた男/日米和親・修好通商条約締結物語』
○水戸藩邸・外観
○同・庭
大きな弓の的。
的の真ん中に矢が刺さる。
徳川斉昭(60)が忠優ら老中達や松平越前守慶永(30)を招き、弓の行射を見物している。
牧野「お見事ですな」
斉昭「ふん、まだこんなものではないぞ」
顔で指示を出す斉昭。
的に黒船の絵が掲げられる。
老中達「…」
黒船の的に向かって矢が射られる。
黒船の中心に突き刺さる矢。
続けざまに連射、次々に突き刺さる。
老中達「…」
斉昭「なぜじゃ、なぜ打ち払わない。黒船に怯え、大筒に臆しおって」
老中達「…」
斉昭「汝らは無様に夷狄に屈し、二千年来の皇国を汚しおったのだ。どう責任を取るつもりじゃ。いやそれだけじゃ済まされんぞ」
牧野が重たい口を開く。
牧野「逃げている訳ではござりませぬ。戦うにしろ準備が必要であり…」
斉昭「見苦しいぞ、牧野。しかも夷狄どもは内海の測量までしているというではないか。なぜ実力を以て阻止しようとせぬ」
牧野「それでは戦になりまする」
斉昭「なら戦うまで。その覚悟が汝らにはないのだ。汝らのような腰抜けに任せてしまった上様がお気の毒でならん」
忠優「ならば」
忠優、キッと顔を上げる。
忠優「御老公はアメリカ国に戦を仕掛けて勝つとお思いか」
斉昭「伊賀…か」
にらみ合う斉昭と忠優。
慶永「もちろん弓で戦う訳ではない。御老公は現在76もの大筒を作らせておる」
忠優「そんなもの全く役に立たん。我が国の大筒などいくらあっても勝てやしない」
斉昭「なにぃ」
忠優「もし今戦ったら…、百戦して百敗する」
しーんとなる場。
ぐぬぬとなる斉昭。
斉昭「臆病者め。初めから気で負けて何とする。夷狄に為す術なく言いなりになるようでは幕府の沽券にかかわると申しておる」
聞いている忠優。
斉昭「勝ち負けや生き死に等が問題なのではない。それらの許されざる事、どうしても譲れぬ事に対し、一命を賭してでも護らねばならないものがある。それをこの世で唯一示す事ができるが武士であり、その為にのみ在るのが武士階級であるはずじゃ」
忠優「!!」
一同「!」
忠優「その言、御見事!」
意外にも同意されたのでたじろぐ斉昭。
忠優「分かりました。撃って出ましょう」
阿部「!」
乗全「い、伊賀殿…」
斉昭だけでなく、一同皆驚く。
忠優「戦端を開けば、おそらく圧倒的に負けるでしょう。何しろ敵の大砲の射程距離は我らの4倍、しかもきゃつらの砲弾は着弾と同時に大爆発する我が国にはない榴弾。屍の山が築かれるのは避けられまいが」
一同、顔を見合わせる。
阿部が見かねて
阿部「ともかく御老公。我らは決して攘夷をしないと言っている訳ではござらん。戦うにしろ準備は必要。きゃつらは大人しくこちらの出方を待っております。それはつまり、きゃつらの気勢を制し準備を整える時間稼ぎに成功した、という事です」
斉昭「う…、うむ」
阿部「こちらの術中にはめたのですから、まずは上々の首尾と言えましょう」
慶永「なるほど。そういう事なら分からないではありませんな、御老公」
ほっとなる場。
斉昭、忠優をギロリと睨む。
○江戸城・外観
○同・溜間
上座に井伊直弼(38)、高松候(50)ら溜間大名5名が座り左右に諸大名が列座、忠優ら老中達を取り囲んでいる。
白い目が老中達に集中する。
高松候「なんじゃと、術中にはめただと?」
ざわつく周囲。
『時間稼ぎに成功した…そうなのか』
『確かに上陸を許しはしたが退散させたし』
『うーむ』
等容認やむなしの声。
安堵する老中達。
直弼の声「あいやしばらく」
一同、上座中央に陣取る直弼を見る。
直弼「汝らはいったい何者じゃ」
牧野「は?」
静まり返る一同。
顔を見合わせる老中達。
牧野「老中にございます」
直弼「では、上座に並ぶわしらは何者じゃ」
牧野「溜間の方々でございます」
直弼「ほう。では溜間は全国三百余の大名で最も家格が高いのは覚えておらぬか。我らは汝ら老中よりも家格は上なのじゃぞ」
牧野「は、はぁ」
忠優、隣の乗全に小声で耳打ちする。
忠優「あの男は?」
乗全「井伊家の新しい当主の」
忠優「ああ、32まで部屋住みだったという」
直弼「わしは誰であるか」
直弼に向き直る忠優と乗全。
直弼「わしは誰であるかと聞いておる」
乗全「溜間筆頭、井伊掃部頭直弼殿にござる」
直弼「そうじゃ。わしはその溜間の筆頭ぞ。この直弼でさえも祖法を改めるなど恐れ多く、おいそれと出来ぬのだ。汝ら風情がそれを行うなど傲慢不遜も甚だしい。身分をわきまえぃ」
静まり返る室内。
直弼「なぜ勝手に国書とやらを受け取った?ええっ?」
老中達「…」
直弼「わしに了解を得ない事自体、そもそも貴様らの勘違いな思い上がり…」
遮るように忠優が口を開く。
忠優「必ず報告しなければならないという決まりも御座らぬ」
直弼「む」
ざわっとなる周囲。
直弼「我ら溜間を軽るんじおるか、そんな事は決して許さんぞ」
忠優「これまでもご報告した所で『その方らに任す』と言われて、特段意見はなかったではござらんか。ですな、高松殿」
いきなりふられて焦る高松候。
高松候「ん、あ、ああ」
忠優「貴殿は初めて江戸城に登城されてまだ間もない。御城の事情もあまりご存じなかろう。その辺りは他の諸侯からよくよく城内のしきたりなど学ばれるがよい」
直弼「なにぃ」
阿部がまずいという表情をし、
阿部「とにかく、報告が遅くなった事はお詫び申し上げる。火急の儀は国書をどう扱うかにござる。無下に扱うのもいいでしょう。さすれば即刻戦になりまする。となれば、われら全員火の玉となって闘い、江戸の町が灰になっても戦い抜くまで」
直弼「…」
一同「…」
阿部「国書については溜間各位にもよく吟味頂きたいと思っております。伏してよろしく申し上げまする」
平伏する阿部、それに続く忠優ら。
直弼、老中達を鋭く睨み付ける。
○海上
ゆっくり航行しているペリー艦隊。
陸上では人だかりも見える。
○ポーハタン・艦長室
表紙に『JAPAN/シーボルト』の文字がある本を読んでいるペリー。
ペリーの声「日本。この古のまさにファンタジックな国がポルトガル人によって偶然に発見されたのは1543年の事である。
その時既に2203年の歴史を持ち、百六代にわたるほぼ断絶のない家系の統治者の元で作られたこの文明は、キリスト教の教えを受けずに到達し得る最高位と言える」
葉巻をふかすペリー。
ペリーの声「この国が進んだ文明を持つ国であることは一目でわかる。
家や道路が整然と並び、排水・下水道の配備が整い極めて清潔である。
しかも信じられぬ事に、江戸の人口は我が国最大のニューヨーク70万人より多い百万人だというのだ」
本を閉じ、艦長室を出るペリー。
○同・艦橋
入室したペリーに副官が話しかける。
副官「士官や部下達はすっかりこの国の美しさに魅了されておりますな」
水兵達を眺めるペリー。
ペリーの声「実際どこを見てもこれほど絵のように美しい景色はないと言える程で、周囲の海岸を眺めて飽きることがない」
美しい海岸線。
山々の美しい緑。
ところどころ見え隠れする村々。
流れる小川。
ペリーの声「高度に耕された土地が至る所にあり、草木は深く豊かな緑をたたえている。
つつましい村々が入り江の奥に見え隠れして湾の単調さを破り、小川が丘陵の緑の斜面を静かにうねる。
それら全てが一つに調和して、美しい景観を作り出す」
見とれている水兵達。
微笑むペリー、気を取り直し、
ペリーの声「漂流アメリカ人の扱いからして日本は統治者の恣意でなく法により治められているのは間違いない。
条約を締結すれば必ず遵守されると確信できる」
副官「提督、ただいまルビコン岬を通過しました。あれに見えるがペリー島です」
頷くペリー。
ペリーの声「この古の国の扉を開く任務が我々に課せられている。
最古の国・日本に最も若き国たるアメリカが挑戦するのだ」
ペリーがばっと手を前に振りかざし
ペリー「全艦隊、隊列を組み前進準備。急ぐ必要はない。堂々と行軍するのだ」
艦隊8隻が江戸湾へ進行していく。
○横浜湾
上陸艇で次々と上陸する米兵。
緊張の面持ちで見守る日本の武士達。
軍楽隊の米国国歌演奏と共に悠然と進むペリー先頭の行列。
○神奈川宿・高台
眼下に停泊している9隻の軍艦。
それを見下ろしている老中達と井戸。
阿部「一隻増えて9隻か」
井戸「右手が横浜の応接所、艦隊の奥に見えるのが上総の鹿野山になります」
牧野「まるで島だ」
乗全「大筒が何十と…、言うなれば城ですな」
井戸「はい。あのような艦隊配置を組んでいるのは、おそらくあれがきゃつらの大砲の射程距離なのでしょう」
阿部「となるとそれは」
忠優「湾全体が制圧下に置かれている。すなわちいつでも火の海にできると。で、ペルリと対面して如何であった、井戸」
井戸「はい。戦の意思は感じません。裏で話を聞かせたアメリカ帰りの万次郎にも確認させましたが、最も求めているのは避難港の確保かと」
一同、考え込む。
阿部「やはり戦は得策ではない。一、二港の開港で済ますはやむを得ないのではないか。浦賀と北方は松前で」
牧野「そうですな。あくまで避難港だ、難破船に対する人道的配慮だとすれば御老公や溜間の反発も抑えられよう」
乗全「浦賀では江戸に近すぎる。やはり内海の外、下田辺りが適当ではないか。北も松前より天領の方がよい」
○江戸城・将軍謁見の間
一段高い将軍の座に対し、報告をする本郷泰固(50)。
本郷「夷荻に上陸を許しました。さらにきゃつらの要求を飲むようです、上様」
家定の声「そうか」
簾がかかっていて家定の顔は見えない。
○神奈川宿・高台
考え込む忠優に気付く阿部。
阿部「忠優殿…、不服か」
乗全「やはり戦をすべきと?」
考え込んでいた忠優、意を決して
忠優「我は…、この機会に交易をしたらどうかと思う」
牧野「な、なにーー!!」
乗全「こ、交易???」
阿部「い、伊賀殿、それはいったい…」
忠優「物は考え様。向こうから強いられたと考えるから気分が悪くなる。あの黒船やきゃつらの技術を手に入れる為に交易するのだと考えれば、こちらの術中にはめたと考えられるではないか」
牧野「一体全体、何を言っておるのだ。貴殿はこの前まで戦をすべきだと言っておったではないか」
乗全「伊賀殿、いかにわしがそなたを擁護しようとも、その変身は頂けませぬぞ。到底理解できる変り様ではござらん」
阿部「詳しくお話し下さるか、忠優殿」
忠優「我は初めから異国と交易を始めたらどうかと考えておった。戦を主張したのはそれが皆が異国を理解するのに最も早道かと思ったからだ」
驚きを隠せない三名。
牧野「む、無茶苦茶だ。早道?何を言っておる?戦さえ無茶なのに、こ、交易などもっての外。誰一人として理解できぬわ」
乗全「薪水・食料等の提供さえ辛うじてな所。そもそも交易とは何を売るのです?売りに出せる余り等ないし、それどころか飢饉の度に物品が不足し困窮するのですぞ」
忠優「その飢饉を防ぐ為にこそ交易するのだ」
阿部・牧野・乗全「!!」
忠優「飢饉の度に食うに困る。天保の大飢饉でもそうだ。我が領地も悲惨極まりない状況であった。だが、交易によって何とか凌ぐことができた。交易を盛んにすれば、飢饉に左右されない世にできると思うのだ。国外とも交易すれば国中が飢饉となっても凌げると思うのだ」
三名、思わず聞き入る。
牧野「し、しかし、倹約・質素を美徳とする我が国は交易そのものを推奨しておらぬし、異国となると物品の価値も価格も違う、やはりとても現実的とは思えぬが」
忠優「もちろん今すぐにという事ではなく、試験期間を置けばどうか。きゃつらも要求が拒絶されなかったと満足できる」
阿部「…」
考えあぐねる阿部。
阿部の様子を伺う牧野。
阿部「交易をこの条約に盛り込むことは、断じてできぬ」
鋭い視線で阿部を見つめる忠優。
阿部「であるので、交易という文言は使わず、薪水・食料・石炭、その他必要な物品を供給し金銀で支払いする、としたらどうか」
忠優の方を向き直り、
阿部「それならば、それは結果的に交易が始まる、という事になる」
しばらく考え、頷く忠優。
頷く阿部。
阿部「開港地は北方は天領・函館。東南は下田でどうか。下田は江川太郎左衛門の管轄地。彼の者なら異国の文明を吸収できよう」
全員も頷き、決意の表情。
眼下に停泊するアメリカ艦隊。
T『嘉永6年(1854年)3月3日、日米和親条約締結』
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