【レムリア②】 『倭』の国は『ムー』だった!?

やはり気になるムー文明

BC15,000年と言われるムー文明は、科学的には証明されていない謎の歴史です。

ムー大陸は、ジェームズ・チャーチワードの著作によると、今から約1万2000年前に太平洋にあったとされる失われた大陸とその文明をさす。

イースター島やポリネシアの島々を、滅亡を逃れたムー大陸の名残であるとする説もあった。

しかし、決定的な証拠となる遺跡遺物などは存在せず、海底調査でも巨大大陸が海没したことを示唆するいかなる証拠も見つかっておらず、伝説上の大陸であるとされる。

wikipedia:ムー大陸

そのムーについて書かれた書籍に『黄金の帝国/さまよえる日本人』という著作があります。

著者である三原資忍氏は霊的能力のある方で、書かれている内容は預言的・啓示的なものなのですが、興味深い点がいくつもあります。

このような類の著作の場合、当然全部が全部盲信することは変な新興宗教にだまされるのと同じことなので注意が必要ですが、あくまで『面白い!』と感じた部分をピックアップしたいと思います。

 

ムーは日本人の故郷だった!?

今から1万数千年前、ムァー大陸に文明の輝きに満ちた帝国があった

ムァー大陸があった頃の赤道は、沖縄北部からイースター島を通り、南アメリカの先端をつなぐラインだった

大陸には大小二つの湖があり大きい方は中国大陸を飲み込むほどの大きさだった

主要都市間には幅が数百メートルもある幹線道路があり、その上を超高速のエアカーが走っていた

ムァーの首都はチェープチチと言った

イースター島のモアイは、沈没前に大陸東端にあった地域(現在のイースター島)に逃れた人々が沈んだ大陸を追慕するために作った

モアイ像の多くは在りし日のムァーの首都の方を向いている

エネルギーは水と同様な液体にある化学物質を混入して燃やして光源とし、180ccの水で百年間燃え続け炎に手を当てても火傷しなかった

光を集めその反動によって宇宙船を飛ばしていた

インドの遺跡の中に絶対に錆びない鉄柱が発見されているがムァーから伝わったもの

タールによる舗装は一切なく、環境汚染を防ぐため自然石による舗装のみだった

御影石をある比率の直方体に切り地中に縦に埋め込んで石畳を作れば、その上を歩く者は一切病がなくなり寿命が延びる

もっとも発達した宇宙船は1千億光年を10分で飛ぶことができ、冥王星よりもさらに遠くにある三つの天体まで行っていた

アトランティス大陸は大西洋上にあり、文明の程度はムァーより1000年ほど低かった

ムァーの階級制度は王を頂点とし貴族階級、医者、科学者、技術者等、是運部で十階級あり、王のすぐ下の貴族階級が日本人で宇宙船の操縦、植民地の管理、まつりごと等を司っていた

日本人の祖先の80%は、テレパシーで会話をしていた

ムァーのピラミッドはエジプトに残っている四角錘状のものとは異なり、むしろマヤ等にあるものに近く、君主の墓でなく祭壇の役割をしていた。

王はピラミッドの中ほどに設けられた祭壇に座り、創造主・宇宙の支配者と会話をしていた

現在の皇室の紋章である十六菊家紋は後鳥羽上皇の時代に始まるとされているが、ムァーにおいては帝王の象徴は二十四菊家紋で『日輪』を意味していた

ユダヤのヘキサグラムもムァーにいたユダヤ民族の紋章だった

一日に課せられた二時間程度の労働の後はそれぞれの才能を伸ばすために研究に没頭したり、舞踏・音楽等趣味に励んだ

日本人はある薬草を飲まされ続けたことによって一切の力を喪失し階級を追われた

取って代わった科学者階級は発達していた遺伝子工学を駆使して蛇・トカゲ・鳥の遺伝子を交配し知能を持った動物、人間の言葉と意志を理解できる動物を作り上げ、この生物を神とした

一万数千年前に気候の変化によって北極の氷が溶けて地軸も変動し、巨大地震が起こった

人々の記憶から大地震のことが消えかかろうとした頃、再び地震が発生し石と金属で作られた巨大建築物は破壊され、巨大な津波が大陸を襲い、大陸の大部分が沈んだ

そして、三回目の地震が起きた時、巨大な天体が地球の一万キロ上空を通り抜け、その天体の引力によって地球が横転し、大陸はものすごい振動と共に海中に没した

ムァーから逃れた日本民族は、日本列島の津軽地方に落ち延び、北は旭川、南は関東地方まで勢力圏に納めた

ムァーの人々は霊的存在としての人間という問題に強い関心を抱き、その文明の基盤に霊的次元の研究の産物を次々と取り入れていった。現界と異次元を含む宇宙の構造を次々に解き明かし、肉体と魂のコントロール方法を把握するに至って以来、その成果を科学に導入していった。宇宙船の遠距離航法にしてもムァー大陸内の通信方法にしても、次元やテレパシーの操作技術なしには不可能であり、ムァーの人々の興味は物質から人間そのものの研究に傾斜していった

ムァーの帝王自ら宇宙の創造主と対話する姿勢は「日本の神官」やその元締めである「天皇」の原型であったが、時代が下るにつれシャーマン的要素が強くなり、現在は形式のみが残っているだけである

『黄金の帝国/さまよえる日本人』より

 

『ムァー』は『ワ』じゃないのか!?

この中で何より私が興味深く思ったのは、三原氏が『ムー』のことを『ムァー』と言っていることです。

ムーだと分からなかったですが、ムァーだと聞く角度によっては聴こえませんか?

』に!

日本がかつて『ワ』の国と言われていたのは、紀元前150年頃(BC150)に中国書物に記載されているが故の学術的事実です。

ま、歴史というものは勝者のベクトルが入りますので『倭』という差別文字が当てはめられていますけど。

ともかく、BC150当時まで実は『ムァー』を名乗っており、古代中国人にリスニングによって『ムァー』が『ワ』になった・・・

となると、やはり日本人はムーの末裔なのではないか、ということになりますよね。

 

 

なぜか多くの日本人が惹かれるムー

現在、日本においてムー大陸については存在しない扱いとなっていますが、歴史においても科学においても一つの発見で180°考え方が変わってしまうことがあるのは『コペルニクス的転回』という言葉を出すまでもないでしょう。

1970年代頃までは、今よりも「学術的な見解以外は絶対に認めない」という風潮がなかったせいか、ムーに対する記述や研究が多かった訳で、引き続き過去の資料を追っていきたいと思います。

なぜこんなにもムーに魅かれるんでしょうか。。

wikipediaにもムーの文明に惹かれるのは、日本独特の現象と記載されてます。

やはりそれは、日本がかつて太平洋上にあった楽園の末裔でその時の遺伝子的な記憶がかつての大陸を追慕しているから、、なのでしょうか。。

 

 

 

 

2 件のコメント

  • 三原資忍氏は丑年の2月、8年前に亡くなっています。生前、瞬時に現世も過去世もその魂を呼び出して会話。その源は魂でした。歴史は繰り返す。ム-大陸の地図は私のお宝で大事に飾っています。

    • コメント、どうもありがとうございます!
      三原資忍氏のお話を一度聞いてみたかったので、とても残念です。
      ムー大陸の地図!私もほしいと思って出版元をあたったのですが連絡つかず。
      本当にお宝だと思います!

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です