【レムリア④】伝説と遺跡に満ちたチチカカ湖

チチカカ湖はかつては海岸だった

アンデス山中のペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖。

この富士山よりも高い高度にある湖には、驚愕の伝説と遺跡に満ちています。

チチカカ湖はかつては海で入り江の湾だったという伝承があり、実際湖の水は塩水で海洋性の甲殻類が生息していたりします。

伝承によると「湖のほとりに存在するティワナク遺跡はかつての海岸沿いにあった港湾都市、それが地球の地殻変動により高地に押し上げられたのだ」と。

そして、それらの伝承は「古代都市ティアナクはレムリアの植民都市だった」とも伝えています。

 

後からやってきたインカ人

レムリアの偉大な教師であったアラム・ムルは大聖者会議の名により、古代の知恵がしたためられた多数の巻物とともに、太陽の形をした黄金の巨大な円盤「黄金の太陽」をたずさえ、現在の南アメリカに当時誕生したばかりのチチカカ湖へと向かった。

その円盤、別名「輝く光の炎の焦点」を守り続けることも、彼の重要な使命の一つだった。

(中略)

やがてペルーに移住してきたインカ人たちがかつてのレムリアのある植民地都市の跡に、高度な霊的社会を築きあげた。

彼らは、南米に元から住んでいたケチュア・インディオではなく、遥かかなたから太平洋を渡って移り住んできた人々だった。

移住してきて間もなく、インカ帝国の太陽の司祭長たちは残っていた寺院跡に彼らの「太陽の寺院」を建設した。

彼らは故国に存在していた古代の記録を通じて、ムーの「黄金の太陽」のことをよく知っていた。

その当時のインカ皇帝は実に偉大な人物だった。

彼はチチカカ湖の修道院に自ら出向き、修道院長のアラム・ムルに謁見した。

アラム・ムルはその皇帝に、「黄金の太陽」を譲り渡すことを即座に決定した。

『アンデスの封印』ジョージ・H・ウィリアムソン

 

太陽、そして環太平洋

整理をすると、下記の具合でしょうか。

・古代ムー人が天変地異を予見してチチカカ湖周辺に文明を移植した

・後に太平洋の彼方から太陽の民族インカ人がやってきてその地に文明を建設した

・インカ人はムーの文明を熟知しており、その文明を引き継いだ

ポイントはやはり、太陽の民族というところですね。

ムーもインカも太陽を象徴としていて環太平洋に分布している…

そう、わが日本人も太陽を象徴とし、太平洋沿岸に住んでいる訳でして。。

 

チチカカは日本語じゃないか

誰しも思いますよね、チチカカって日本語なんじゃないかって。

日本語の語源・縄文に由来する言葉って、元をただすとムー語だから同じなんじゃないか。

「カカ」は古くは「カッカッ」とも言われ、太陽が燃えている様子を表わす擬態語だったとのこと。

母は子を産み育てまさに太陽そのもの、なので「かかぁ」。

「チチ」は古事記の前から父の意味でしたが、語源は「地」かもしれません、太陽と大地、母が天で父が地で。。

 

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